【40mp/SHAKER】の歌詞の意味を解釈
編集: ひいらぎ最終更新: 2020/9/19
SHAKERという曲名の意味を考察
タイトルのシェーカーとは、一般に言う調理器具で、カクテルを作る際や何か液体を混ぜ合わせるときに使用するものです。
少女へ向けられる感情ならなんでもシェーカーに入れ混ぜ合わせたようにして、飲み干してしまいたいという意味で捉えることができます。
実際に主人公の少女は、自身に向けられる感情ならもはやなんだって嬉しいと思う生きまでに達しています。
“腹に入ればみな同じ”の言葉と同じく、「どんな感情であろうと私に向けてくれた感情ならなんでも飲み干したい」というように解釈することができます。
SHAKERの歌詞の意味を徹底解釈
1番
偽りと真実をシェーカーで混ぜ合わせ
ひび割れたグラスに注ぐ 愛 愛 愛
満たされたことなんてたった一度さえない
漏れ出した雫を舐める 愛 愛 愛
解釈嘘と真実を混ぜ合わせたものを
ひび割れたグラスに注ぐの
私の心が満たされたことなんて一度もない
グラスから漏れ出した雫を舐める
主人公は愛に飢えている少女で、おそらく『ひび割れたグラス』とは少女の心を指しています。周りからの偽りの言葉や真実の言葉を自身の頭の中で混ぜ合わせ、取り込んだ感情を噛みしめますがどれも少女の心を満たすようなものはありません。
少女はとにかく他人からの愛に飢えています。それが『愛』ではなくとも、もはや自分に向く感情ならなんだって喜んでしまうような状態に陥っています。
いつからだっけ いつからだっけ
覚えてないな 覚えてないや
もらったものはすぐ消えてゆくんだ
ああ 喉が渇いてきた
解釈いつからか覚えていないくらい
昔に愛をたくさんもらったけど、
そんなものもう記憶にない
ああ 誰でもいいから私に愛をください
少女もその昔は愛情をたくさんもらった記憶があるものの、そんなのはだいぶ昔の記憶(幼い頃の記憶)で、今の少女には思い出して心を潤すこともできません。
その記憶とはおそらく家族(両親や肉親)から注がれた愛の記憶でしょう。現在は両親から愛を注がれることはなくなってしまったのでしょうか。少女はもう誰でもいいからととにかく愛を渇望します。
ねえ 足りない 足りない まだ足りないの
優しい嘘だけじゃ
そう 悲しみ 苦しみ 痛み 全部混ぜて
空っぽの心の中 注いでよ
解釈優しい嘘なんかじゃ全然足りないの
悲しみや苦しみ、痛みでもなんでもいいから
全部私にちょうだい
たとえ少女に向ける感情がネガティブなものだろうと少女は喜んで受け取ります。
むしろそんな感情でさえ自分に向けてほしいと少女は懇願します。少女が感情を懇願する人物とは、少女の年齢を考えるとおそらく学校にいる人たちのことだと思うのですが、その人たちは少女に対してなんの感情も向けていないようです。
愛情の反対は“無関心”なので、少女は周囲から自分がいないかのように無関心に過ごされる日々が非常につらいのです。
2番
干からびた砂漠で水脈を探してる
旅人が見つけた幻 愛 愛 愛
溜めすぎて溢れた涙がつくる海
そのどこか隅っこで浮かぶ 愛 愛 愛
解釈誰も私に感情を向けないこの場所で
私を見てくれる人を探している
私のことを見てくれたと思ったけど、それは幻
堪え過ぎて涙が溢れ海のような水たまりをつくる
ほんの少しでもいいから愛が欲しい
学校の教室でみんなと朝から放課後まで過ごしても、誰も自分に感情を向けてくれません。
主人公にとったら、まるで愛の一切ない感情の干からびた砂漠のような教室でしょう。それでも誰か自分のことを見てくれる人はいないのかと、一抹の希望を見いだしますが、見ていたとしてもそれは主人公の妄想にすぎません。
主人公は自分がいない存在として扱われているその孤独感や寂しさについに耐え兼ね、涙を流します。
漂ってたいな ただ酔ってたいな
夜の淵で 夢の中で
目が覚めたら また禁断症状
ああ 喉が渇いてきた
解釈もう周りを気にせず漂ってたいな
酔っぱらってなにも気にせずいたいな
目が覚めたら また愛が欲しくなってしまう
ああ 愛が欲しいよ
主人公は明日がくるのが怖く、ずっと眠っていたいという気持ちに支配されるようになります。
“漂っていたい”と“ただ酔っていたい”は一見言葉遊びのようにも捕えられますが、これはどちらも主人公が思う気持ちを表しています。
主人公はまだ未成年だと推測できるので飲酒などはできませんが、明日が来る恐怖からいっそアルコールを摂取した後のように酔ってなにも考えずにいたいとも思っているのです。
ねえ いらない いらない もういらないの
入りきらないから
って 一度でいいからそう言えるくらいに
空っぽの心の中 注いでよ
解釈もう入りきらないから愛は充分だよ
って 一度でいいから言ってみたい
そう言えるくらい心の中に愛を注いでよ
主人公の心は一向に満たされません。家族も先生も友達も誰も少女に感情を向けることなく日々は過ぎていき、少女の気持ちばかりが愛に飢えカラカラに干からびていきます。
また、もう一つの解釈として、周囲は主人公に普通に接し人並みに愛されて生きているにも関わらず、主人公の『愛され依存症』のため“まだまだ”“もっと”とそれ以上の愛を求めて渇望している可能性も考えられます。
これは前述の歌詞でも出てきた『ひび割れたグラス』が壊れてしまった主人公の心を表していて、注いでも注いでも受け止めることなくこぼれ落ちてしまう壊れた心を持った主人公の話としても解釈することができます。
いずれにしても、主人公は周りからの愛に渇望していて、日々生きていくことに恐怖や不安、そして一抹の希望を持っているように感じます。周りの感情を気にし、様々な欲求が沸き起こる思春期の少女をストレートに表現した曲ですね。