【SEKAI NO OWARI/Blue Flower】の歌詞の意味を徹底解釈 | Fukaseのいたずら心が垣間見れる曲!
編集: ひいらぎ最終更新: 2020/9/19
Blue Flowerという曲名の意味を考察
「青い花」という意味の曲名に対して、「赤い花畑」がキーワードになっています。また、英語詞に「白いカラス」「双頭の亀」というワードと合わせて考えると、曲のテーマが「突然変異」と考えられます。
J-POP界で唯一無二の存在感を放つSEKAI NO OWARI(以下、セカオワ)というバンドは、突然変異的に発生した存在とも言えます。作詞したFukaseは、自分たちを世間から浮いた存在として位置付け、それゆえに感じる孤独や寂しさをリスナーに伝えたかったのではないでしょうか。
Blue Flowerの歌詞の意味を徹底解釈
1番
It is like a white crow
Like two-headed tortoise
Ironic miracle
Why am I bad?
(白いカラスのような
双頭の亀のような
奇跡のいたずら
なんで僕が悪いの?)
僕たちは突然変異で生まれた生き物たちみたいに、
神のいたずらで生まれただけなのに、
なんで僕が悪いと言えるんだ?
主人公は、作詞したFukese自身、あるいはセカオワというバンドそのものだと思われます。
白いカラスや双頭の亀という、「普通」の形質ではない生き物たちは、見世物にされることもありますが、気味悪がられ、群れから排除されることもあるでしょう。「ironic miracle」は、直訳すれば「皮肉な奇跡」です。めったに起こりえない現象に対して、その価値が尊重されず排除されるというのは皮肉なことです。
セカオワの、型にはまらない独自の音楽性は、あくまでも自分たちのやりたいことを追求した結果、自然と作られていったもので、悪者扱いされたり、除け者にされたりするような筋合いはないと主張しています。
大きい声を出すなよ
どうせ誰にも聞こえないんだから
無様に足掻くお前を見てると
僕の笑顔もちょっと崩れてくる
そんな顔で僕を見るなよ
目に光が無くなってからが始まり
何度も何度も謝るなよ
きっと誰も悪くないんだ
それは海で鯱に会うような
自然の摂理のようなもの
理由なんかそもそも無くて
あるとしたら生まれる前の何か
赤い花畑に間違いで咲く
美しい一輪の青い花
ここにも1人やかましい薔薇
壊れられると思うなよ
大声で叫んだって、
誰も聞いてくれやしない。
お前のみっともなく足掻く姿に、
僕は苦笑するしかない。
わかってるはずだろう?
夢や希望を捨て去った時が
人生のスタートなんだ。
そんなに何度も頭を下げたって仕方ないよ、
誰が悪いなんて話じゃないさ。
海に出ればシャチに出会うこともある。
何も不自然な話じゃない。
理由があるとすれば、
生まれる前から定められた運命みたいなもの。
赤い花ばかり咲き乱れているところに、
一輪だけ美しい青い花が咲いたようなもの。
お前はそんな一輪をやかましくあげつらう赤いバラだ。
勝手に発狂しやがって、そんな都合のいい話があるかよ。
淡々と、痛烈に、「お前」を皮肉る言葉が綴られます。
ここでいう「お前」とは、セカオワの「アンチ」のことではないかと考えられます。
「お前」は赤いバラとして生まれ、同じ色の群れの中で安住することを望んでいます。自分と違う色の青い花の存在を認めることができません。「僕」は「お前」が大声で叫んだり、仲間に何度も謝ったりする姿に、いい気がしません。
「僕」は「お前」を強く諭します。赤い花畑に青い花が咲くのも、海でシャチに出会ってしまうのも、何も不自然じゃない。運命みたいなものなんだ、気が狂ったようにジタバタするのはやめろ、と。
そこには異端な存在である自分たちのことを認めて欲しいという強い願いがこもっていると思われます。
2番
It is like a white crow
Like two-headed tortoise
Ironic miracle
Why am I bad?
(白いカラスのような
双頭の亀のような
奇跡のいたずら
なんで僕が悪いの?)
(一度解釈したので割愛します)
自分たちは異端だが、悪者ではないと繰り返します。危険な存在ではないとい主張や、認めてほしい、尊重して欲しいという願いが込められていると解釈できます。
あー、ガタガタギャアギャアうるさい
めんどくさいからその際もういっそ
どいつもこいつも理由を尋ねる
答えられんの 喰うヤる寝る
共喰いしたりなぶり殺して遊ぶ哺乳類
まあようするに
最初にお前が見誤るから
僕を羊だと間違えるから
僕は弱くて卑怯だから
お前はそこで吊るされてるんだ
お前の居る場所を探してみたけど
結局はただの肉の塊
どちらかというと僕は被害者
産まれ変わったら愛されたいな
まったくお前はやかましいやつだ。
面倒だからもうとっとと答えてやるよ、
誰も彼も僕の行動原理を質問してくるけど、
食事、交尾、睡眠と同じ、本能に従ってるだけだとしか答えようがない。
共食いしたり、ふざけて誰かを殺したりもする。
ただのサルなんだよ。
要は、お前は僕のことを無害な羊だと勘違いしてるんだ。
僕は弱いし、ひきょうな奴だ。
だからお前はこうしてこき下ろされてる。
考えてはみたけど、所詮はお前も僕と同じ、
肉のカタマリにすぎない。
なのに口うるさく叩かれる僕はむしろイケニエみたいなものさ。
来世では、もっと人に好かれる存在になりたい…
「お前(アンチ)」と「僕(セカオワ)」で何が違うんだ、本能のままに生きる同じ動物じゃないか、と毒づきます。
セカオワというバンドは一見するとファンタジックで毒のない雰囲気を身にまとっています。しかし、その裏側には生きていくための本能を秘めていて、決して無害ではないし、一皮剥けば誰も彼も同じ「肉の塊」だということを説いています。
赤い花畑に咲く青い花のように、周りと足並みをそろえられないだけで攻撃されるのは「被害者」だと、主人公は言います。だって本質的には同じ存在じゃないか、と。それでも、なすすべもなく攻撃される現状は変わらず、心を痛めた主人公は「生まれ変わったら愛されたい」と、あきらめ半分で悲哀をこぼします。
有名になれば、ネットで笑われたり叩かれたりする時代の中で、唯一無二の存在であることの苦しみがにじみ出ている部分ではないかと解釈できます。
It is like a white crow
Like two-headed tortoise
Ironic miracle
Why am I bad?
(白いカラスのような
双頭の亀のような
奇跡のいたずら
なんで僕が悪いの?)
(一度解釈したので割愛します)
僕もお前も、運命のいたずらで生まれた者たちも、ただの動物に過ぎないんだと強調します。
It is like a white crow
Like two-headed tortoise
Ironic miracle
Why am I bad?
(白いカラスのような
双頭の亀のような
奇跡のいたずら
なんで僕が悪いの?)
(一度解釈したので割愛します)
繰り返しです。「すべての命は平等に尊重されるべきだ」という主張にも聞こえてきます。個性や多様性を認め合える理想的な世界を実現する難しさ、異端であることの美しさなどが表現されていると言えるでしょう。