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【SEKAI NO OWARI/ 幻の命】の歌詞の意味を徹底解釈 |曲名に隠された意味とは?

編集: ひいらぎ 最終更新:
目次

幻の命という曲名の意味

 題名の通りこの世に実在しない命である。この曲名の意味として考えられるのは、産まれてくるであろう子供が何かしらの不慮の事故により流れてしまったか。

また、年齢的な制限(学生であったり高齢であったり)により堕ろすこと選ばなければいけなかったのか。どちらにしても産まれてくるであっただろう子供の両親は子供の命が幻になることなど全く考えていなかったはずである。

せめてもと両親がここにあった命について皆と共有したいという気持ちが詰まっていると考える。

幻の命の歌詞の意味を徹底解釈

 

白い星が降る夜に 僕からの賛美歌を
蒼い銀河の彼方にUFOが
君を連れて消えていく

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 夜空に輝く星たちがよく見える日に、親(ママかパパか両親か)が賛美歌を歌っていると銀河(天国)の方からUFO(使者)がやってきて連れていってしまう悲しい感情が見られる。

 こんなに良い夜空が見える日に誰かを偲び賛美歌を歌っていると、突然やってきたものに大事なものを奪われてしまったという悲しい様子が伝わります。

白い病院で死んだ幻の命に
眠れない夜に夢で逢えたらと
蒼い月に祈るんだ

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 白い病院で亡くなったこの世に実在しなくなった命に、なかなか眠れない夜ではあるけれど、夢で逢えるならえるなら逢わせてほしいと祈っている。

 この世では会うことが出来なかった。突然の出来事に気持ちが落ち着く事もできず、なかなか眠ることが出来ない夜に、せめて夢の中だけでも良いから逢わせてほしいという願いを綺麗な夜空に輝く月に祈っている親族の情景が浮かぶ。

幻に夢で逢えたら
それは幻じゃない
僕もいつの日か星になる
自由が僕を見て笑う

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 見たことも会ったこともない者に対して夢で逢うことが出来たなら、それは幻ではない。

僕もいつかは亡くなり星になる。自由だけは何にも悩むことなく、嘲笑うかのように僕を見ている。

 逢うことを夢見ていた時に、本当に夢で逢うことが出来たなら今までの出来事は幻ではなかったのだろうという希望を持っている印象を受ける。しかし、いつの日か自分もこの世からいなくなり星になるであろう。自由になれることもなく、全ては決められた運命なのだと。

嘘が煌めく夜に偽物の花束を
蒼い銀河の彼方にUFOが
僕を連れて消えていく

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 嘘が星みたいに煌めく夜に、嘘で繕った偽物の花束を蒼い銀河(天国)から来た使者が、僕を連れて消えていく様子を描いている。

 何か嘘を隠していることがあり、現実を逃避するように嘘で繕った今までの出来事をかき集めて、これを偽物の花束と表現しているとか考える。こんなことを考えていると、蒼い銀河(天国)から使者が迎えに来て連れてかれてしまったのではないか。

白い病院で「死んだ」僕達の子供は
「もうこの世界にはいない」のに
何で何も感じないんだろう

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 病院にて「死んだ」という表現から不慮の事故などではなく故意的に「死」というものを親が選んだのかもしれない。「この世界にはいない」のに何も感じれないのは実感がないからだと考えられる。

 病院という場所で死を選ばなければいけなかった両親の想像がつく。もしかしたら、育てることの出来ない、望んでいなかった妊娠にて立場上「死」という選択肢を選ばざるを得ない状況だったのかもしれない。その為、実感が湧くことなく何も感じることがないのであろう。

幻に夢で逢えたら
それは幻じゃない
僕が幻になれた夜
白い星が空に降る

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 見たことも会ったこともない者に対して夢で逢うことが出来たなら、それは幻ではない。

僕が幻になれた夜には、全てを晴らすことが出来るような綺麗な星が輝くだろう。

 子供に逢うことを夢見て今まで過ごした時間を今回の出来事によって絶望に変えられしまった。しかし、夢でもし逢うことが出来たなら絶望も消え去り、自分も同じように幻になれたとき、今までのことは忘れ明るい未来が見えるのではないかと表現しているのではないか。

April 30, 2005
Our child became the phantom.
We named “the life of phantom”, TSUKUSHI.
It was a night with the red moon blazing beautifully.

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 2005年、4月30日私たちの子供は魂となった。私たちはもしその子が産まれていたら「つくし

」と名付けていただろう。その日の夜は赤く燃えるような綺麗な月が見える夜だった。

 もし産まれていたらと考える両親の秘めた想いが描かれている。本当はこのような結果を求めていたわけではなく、産まれてくるまでの期間、また産まれた後の喜びをどれだけ楽しみにしていたかこの表現から目に浮かぶ。

パパとママの歌

幻の命 -SEKAI NO OWARI

解釈

 今までは子供のために思った歌かと思ったが、自分たちに言い聞かせるための歌だった。

 自分たちの想いをこのように文面に書くことで、子供を「死」へ追いやってしまったこと、色々な嘘をまとめてその場凌ぎで話を繕っていたことを償っているのかもしれない。最後の英文で、子供が産まれてくるまでの期間や産まれた後のことをしっかり描けていたということはそれなりの覚悟もあったはずである。そのため、最後の文章としてあえて「パパ」と「ママ」という呼称名称を選んだのであろう。