music.branchwith

【RADWIMPS/愛にできることはまだあるかい】の歌詞の意味を徹底解釈 | 天気の子の主題歌を考察する!のサムネイル

【RADWIMPS/愛にできることはまだあるかい】の歌詞の意味を徹底解釈 | 天気の子の主題歌を考察する!

編集: ひいらぎ 最終更新:
目次

愛にできることはまだあるかいが主題歌の元気の子ってどんな映画?

元気の子は「君の名は」で有名な新海誠氏が手がける新作映画のようですが、一体どんな映画なのでしょうか。公式サイトに紹介がありましたので、引用してみます。

新作『天気の子』は、天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を「選択」するストーリー。東京にやってきた家出少年・帆高が出会った、不思議な力を持つ少女・陽菜。ふたりの恋の物語は、美しく、切なく、新たな時代を迎えるあらゆる世代、そして全世界へのメッセージとして描かれる。


だそうです。

天候の調和」や、「運命に翻弄される」など、気になるワードがたくさん含まれている紹介ですね。

特に「天候の調和が狂っていく」という部分。なんだか私たちの住む世界のことを言っていそうでゾクゾクしますね!(未来にこの記事を見ていただける方がいらっしゃるかもしれないので一応書いておきますが、この「元気の子」が公開される年の夏は7月中旬になっても本当に暑くならなくて、異常気象だって騒がれているんです。)

昔のように四季が曖昧になってきて”調和が取れていない”ようにも感じる中で主人公はどのようなストーリを紡いでいくのか!新海誠監督が込めた想いに注目しながら是非劇場でご覧ください!


愛にできることはまだあるかいという曲名の意味を考察



「愛にできることはまだあるかい」は、先ほど紹介したように、この曲は新海誠監督の「元気の子」の主題歌に起用されている楽曲です。
つまり、曲名は、映画の内容に沿ってつけられた可能性が高いです。
では、一体どんな意味なのか考察していきましょう。

「元気の子」の映画の内容から考察

「元気の子」という映画は、先ほども紹介したように、東京にやってきた家出少年・帆高と不思議な力を持つ少女・陽菜のふたりの恋の物語が描かれているわけです。

つまり、「愛にできることはまだあるかい」の「愛」とは、帆高と陽菜の愛であるということでしょう。

そう解釈すると、「愛にできることはまだあるかい」という曲名は、帆高と陽菜のような「純愛」は未来も存在し続けるのだろうか。という問いかけを表現したいのでしょう。

では、早速ですが、歌詞の意味を解釈していきましょう。

愛にできることはまだあるかいの歌詞の意味を徹底解釈

1番

愛にできることはまだあるかい


何も持たずに生まれ落ちた僕
永遠の隙間でのたうち回ってる
諦めたものと賢いものだけが
勝者の時代に何処で息を吸う


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈「愛」にはまだ価値があるのだろうか。

僕は何も持たずに生まれてきた。
永遠とも感じる時間を努力し続けている。
こんな世界では、努力を諦めたものと、優れた人間が勝者だ。
そんな世界でどうやっていきたら良いんだ。


現代社会では、貧富の差が格段に広がっています。富を持つ親の元に生まれた子供はより賢く、より裕福に一生を暮らし、貧しい親の元に生まれた子供は苦労を強いられますよね。

そんな現代社会への皮肉をこの歌詞は歌っているのだと思います。

「諦めたもの」という歌詞。これは、貧富が広がった社会に絶望し自殺した人や、働かずに暮らしている人を指しているのでしょう。

この歌詞では、そんな「諦めたもの」も勝者であると歌っているんですよね。

普通、「賢いもの」だけが勝者であると歌うはずなのに、「諦めたもの」までも勝者であると歌っているわけです。

つまり、ここでも「この社会はダメだ」という現代社会への皮肉を歌っているのでしょう。 

「何も持たずに生まれ落ちた僕」という歌詞からわかるように、この曲の主人公である「僕」はどうやら貧しい親の元に生まれてしまったようです。

果たしてこれからどんなストーリーを紡いでいくのでしょうか。続きを見ていきます。

 

支配者も神も何処か他人顔
だけど本当は分かってるはず
勇気や希望や絆とかの魔法
使い道もなく大人は目を背ける
それでもあの日の君が今もまだ
僕の全正義のど真ん中にいる


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈富を持つものも、どこかにいる神もこの社会には知らんぷりだ。
だけど、本当はわかっているんだろう。この社会はダメだって。
こんなどうしようもない社会の中でも「君」は僕の全正義のど真ん中にいるんだ。


「支配者も神も」というのは、富を持つものや、権力を持つ人を指しているのでしょう。

今の社会を変えられる人が社会を変えようとしない。

やはりこの社会は腐敗していると、ここでも皮肉を歌っているのでしょう。

そして後半部分の「それでもあの日の君が」からの部分。ここで初めて曲名にも出てきた「」を感じさせる歌詞になっていきます。

現代社会は腐敗していると感じている主人公の「僕」は「愛」にどんな価値があると考えているのでしょうか。続きを見ていきます。


世界が背中を向けてもまだなお
立ち向かう君が今もここにいる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈世界が愛を忘れても
その世界を変えようとする君がいる。
愛には価値があるのだろうか。
僕には何かできるのだろうか。


「世界が背中を向けても」というのは、おそらく「世界が愛を忘れても」ということを言いたいのだと思います。

そんな世界を変えようとする「君」。

「君」はもしかしたら、「愛」が世界に溢れれば社会も変わっていくと信じているのかもしれませんね。

だから、世界を愛で満たしたいと考えているのでしょう。

 

君がくれた勇気だから
君のために使いたいんだ
君と分け合った愛だから
君とじゃなきゃ意味がないんだ
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈君がくれた勇気は君のために使いたい。
君と分け合った愛は、君と一緒じゃなきゃダメなんだ。
愛には価値があるのだろうか。
僕には何かできるのだろうか。


「君」がいっぱい出てくる歌詞ですね。

やはり、サビでは曲名の中でも特に重要な「愛」について歌われているようです。

「愛」を歌いすぎて、なんだかラブソングのように感じますが、ここの歌詞はラブソングであると解釈するのではなく、

「君と僕」が愛に価値があると感じている。愛こそが正義だ。という思考であるということを伝えていると解釈する方が自然だと思います。


2番

定めとはつまりサイコロのでた目
はたまた神のいつものきまぐれ
選び選ばれた 脱げられぬ鎧
もしくは遥かな揺らぐことない意志
果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
解けぬ誤解と 降り積もる憎悪と


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈定めや運命というものは所詮サイコロの出た目のようなものだから価値なんかない。
本当に価値のあるものは、自分の信念と正義と愛のみ。


定めや運命というのは所詮神の気まぐれ。なんだかすごい共感できる歌詞ですね。

確かに、運命を信じるしかないようなことが起こることってあります。例えば、偶然好きな人と会ったり、偶然数年後に再開したり。。。

しかし、これらも冷めた言い方をすれば「所詮確率」なんですよね。

程確率な事象がただ起きただけ。にすぎないわけです。


許し合う声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きてる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい


RADWIMPS -愛にできることはまだあるかい


解釈許し合い、分かち合う行為を
この世界は抱えている。
愛には価値があるのだろうか。
僕には何かできるのだろうか。


「許し合う声と 握りしめ合う手を この星は今日も 抱えて生きてる」という歌詞。

先ほどの歌詞の「果たさぬ願いと 叶わぬ再会と 解けぬ誤解と 降り積もる憎悪と」という歌詞に続いて歌われているからでしょうか、

なんだかものすごくポジティブなイメージを抱かせますよね。

腐敗した社会でも、まだいいことがたくさんある。そんなメッセージを感じます。


まとめ


いかがだったでしょうか。今回はRADWIMPSの愛にできることはまだあるかいの歌詞の意味を徹底解釈して見ました。

新海誠監督の映画はすごい綺麗な絵で有名ですし、今回の元気の子もきっと綺麗な絵でなのでしょう。

そんな綺麗な絵を背景に劇場で大音量で流されるRADWIMPSの愛にできることはまだあるかい。最高ですね。