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【米津玄師/NeonSign】の歌詞の意味を徹底解釈 | ネオンサインに隠されたメッセージとは

編集: ひいらぎ 最終更新:
目次

Neon Signという曲名の意味を考察

ネオンサインは夜景には欠かせない道具です。

遠くで眺めると、闇の中に煌めく色とりどりの灯りが美しく、その街には素敵なものが溢れているかのように感じられます。しかし、ネオンサインの立ち並ぶ夜の繁華街にいざ踏み込んでみると、目を刺す光や騒音が押しつぶさんばかりに襲ってきます。

文化や経済の発展を象徴するものの一つとしても捉えられますし、ネオンサインに現代人が大いなる恩恵を受けていることも確かですが、時に刺激が強すぎて鬱陶しいのも事実です。

また、主に商業目的で使われることから、ネオンサインを表面的な言葉と解釈することもできます。本質に触れられない言葉に意味を求めても空しいだけに感じられます。


Neon Signの歌詞の意味を徹底解釈

1番

探し求めた感情が どこにも見つからず 途方に暮れた正午に
変わっちゃった二人が 分かち合うことなどあり得ないと気づいた
米津玄師 -Neon Sign

解釈探し求めていた感情をついに諦めた正午、
変わってしまった二人はもう決して理解し合えないのだと悟った。

主人公が「探し求めた感情」は、かつて「友達」との間に抱いていた心地良い類のものだと考えられます。いつの間にか消えていたそれを、彼は懸命に「探し」続けていたようですが、ついに「途方に暮れ」「どこにも見つからない」と受け入れてしまいました。

同時に、昔とは違う人間に「変わっちゃった二人」では、もう思想や感情を「分かち合うことなどあり得ないと」納得しました。「気づいた」と書かれていますが、おそらくは前々から感じていたはずです。

受け入れたくなくて「気づ」かないふりで通していたのが、「途方に暮れた」途端に、飲み込まざるを得なくなったのだと想像できます。

 

遠いあの日の思い出じゃ 僕らは友達 笑い合って過ごしていた
どうしてそれがこんなにも 違う言葉で歌い 傷つけあってしまうのか
米津玄師 -Neon Sign

解釈古い思い出の中では、友達同士の僕らは笑い合っているのに
今ではどうしてこんなに噛み合わず傷つけあってしまうのだろう。

「遠いあの日」つまりずっと以前から、主人公たちは「友達」同士でした。しかし、理由が見えない程ゆっくりと自然に、彼らの間に溝が生まれ、今では埋めようのない深さになってしまいました。

「違う言葉で歌」うことは、相容れない主義思想を掲げていることと解釈できます。互いに譲歩できれば争わずに済むかもしれませんが、「傷つけあってしまう」との言葉からは妥協することのできない両者の頑固さが伺えます。

 

確かめ合って 誓い合って 作り上げたのに 崩れに崩れたバベルの塔
僕らはどうか これ以上は 悲しまないように 別々に歩き出した
米津玄師 -Neon Sign

解釈互いに気持ちを確かめ合い、誓い合って絆を強めてきたのに、バベルの塔のように崩壊してしまった。
これ以上悲しまずに済むように、僕らは別々の方向に進んで行った。

友情を「確かめ合」い「誓い合って」いたにも関わらず、彼らの約束は「バベルの塔」のごとく「崩れ」てしまいました。

人々の意思疎通ができなくなったために破綻してしまった「バベルの塔」の建設計画は、主人公たちの関係を正に物語っています。妥協も和解もできないのなら、寓話の人々が散り散りになったように「別々に歩き出」すのが最も確実な解決策です。

主人公が「僕らはどうか」と祈るように言っている様子から、彼には「友達」に対する憎悪はないことがわかります。「傷つけあ」うことしかできなくなった今でも、相手の幸福や安全を願う気持ちに変化はないようです。

 

バイバイいつの日かまた出会おうぜ いつになるのかは知らないけど
どうでもいいことを取り決めて今 別れのそばで笑いあった
このまま行こう あの日の思いを 引きずりながらそれでも行こう
米津玄師 -Neon Sign

解釈バイバイ、いつの日かまた出会おうぜ。そんな日が訪れるのか知らないけど。
別れの直前、どうでもいい取り決めに笑いあった。
かつての思いを引きずったまま、僕はこのまま歩いて行こう。

「いつの日かまた出会おうぜ」との最後の挨拶を、主人公は「どうでもいい」「取り決め」と表現しています。長い間「友達」だった「二人」の「別れ」にしてはあまりにもドライですが、裏腹な言葉に「二人」して「笑いあった」との一幕からは幽かに残った絆も伺えます。

「あの日の思い」は、「遠いあの日」に主人公が抱いていた「感情」、彼が「探し求めた感情」のことだと推察されます。二度と取り戻せない以上、当時の幸福は現在の彼にとって重荷にしかならないはずです。

「それでも」彼は「このまま」「引きずりながら」、つまり「友達」との記憶や「感情」は忘れずに生きていこうと決めています。

悲しい結末を迎えてしまった友情でも、彼にとっては自分を形作る大切な要素なのかもしれません。


2番

数えきれない感情が 止めどなく湧いて途方に暮れた夕間に
理由が欲しくなったんだ 「誰かが悪い」って言い放ってしまえるような
米津玄師 -Neon Sign

解釈次々湧き上がる感情に圧倒された夕方、
誰かのせいにできるような、言い訳できる理由が欲しくなった。

勝手に「湧いて」きて静まってくれない「感情」に、主人公は苦悶します。長年の付き合いを断ち切ってしまったことを、「誰か」のせいにできたら少しは楽になれるはずです。しかし彼は「理由が欲しくなった」と自白しています。本当の原因が自分の中にあることを認識しているのです。

 

手をとり合って 想い合って 指切りしたのに 振り返ってしまい塩の柱
僕らはどうか これ以上は 疑わないように もう一度指切りした
米津玄師 -Neon Sign

解釈協力し合って、想い合って、約束したのに、言葉に背いて破滅を導いた。
これ以上疑わずに済むように、僕らはもう一度指切りをした。

「振り返ってしまい塩の柱」は、旧約聖書に書かれているロトの妻の塩柱を表しています。

ロトとその家族はソドムとゴモラの滅亡に際して神に救われますが、ロトの妻は振り返らずに逃げろとの神の忠告に背き、塩の柱になってしまいました。深い友情で結ばれ「指切り」つまり約束を交わした「二人」でしたが、ロトの妻のように互いに言葉を裏切る言動を取ってしまったのでしょう。

「これ以上」「疑わないように」改めて交わした「指切り」は、別離を誓うためのものだったと解釈できます。

 

バイバイこんな日もこれで最後だ どうかこれ以上何も言うな
あんな指切りはしたくなかったよ それは僕だけかもしらんが
このまま行こう あの日の思いを 引きずりながらそれでも行こう
米津玄師 -Neon Sign

解釈バイバイ、こんな悲しみを味わうのも今日が最後だ。どうかもう何も言わないでくれ。
あんな指切りはしたくなかったよ。そう思うのは僕だけかもしれないけど。
かつての思いを引きずったまま、僕はこのまま歩いて行こう。

「どうかこれ以上何も言うな」「あんな指切りはしたくなかったよ」との言葉からは、主人公が心の底で「友達」との絆を「あの日」のままにしておけたらと願っていることが伺えます。しかし、彼にはもう「友達」の考えていることを推察することもできません。

仲直りはできなくとも嫌いにはなりきれず、大切な存在であることにも変わりなく、主人公の痛切な思いが伝わってきます。


バイバイいつの日かまた出会おうぜ いつになるのかは知らないけど
どうでもいいことを取り決めて今 別れのそばで笑いあった
このまま行こう あの日の思いを 引きずりながらそれでも行こう
米津玄師 -Neon Sign

解釈バイバイ、いつの日かまた出会おうぜ。そんな日が訪れるのか知らないけど。
別れの直前、どうでもいい取り決めに笑いあった。
かつての思いを引きずったまま、僕はこのまま歩いて行こう。

一度解釈したので割愛します。

 

来世の向こう 生まれ変わって 出会えるときはよろしく願う
米津玄師 -Neon Sign

解釈生まれ変わってまた出会えるなら、その時はよろしく。

「来世の向こう」は文字通りに捉えれば、死後の更に後と読めます。「生まれ変わって」ともありますから、「二人」が再会する可能性は無いに等しいと解釈できます。

しかし、主人公たちが「あの日」とは別人になってしまったように、未来の彼らがまた新しい考え方や視点を身に付け、現在の彼らとは全く違う人間になったとしたら、それも人格の死、あるいは「生まれ変わ」りと言えるのではないでしょうか。

その場合、彼らは再び「出会」い、新たな関係を築いていくことができるかもしれません。少なくとも主人公は「友達」を「想」う気持ちを残しています。