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【米津玄師/馬と鹿】の歌詞の意味を徹底解釈 | ノーサイドゲームの主題歌を徹底考察する!

ひいらぎ最終更新:
目次

歌詞

米津玄師の馬と鹿のジャケット

曲名:馬と鹿

アーティスト:米津玄師

作詞:米津玄師

作曲:米津玄師

歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずに歩いた
身体の奥底で響く
生き足りないと強く

ああ 始まるさ
噛み終えたガムの味
噛み切れないままの心で
一つ一つ無くした果てに
ようやく残ったもの

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ花の名前を
ただ一つだけ張り裂けるくらいに

鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい
Wow wow…

何に喩えよう
君と僕を
踵に残る似た傷を
枯葉を揺れば
まだ続く
行こう花の咲かないうちに
Wow wow…

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ恐れるままに花の名前を
君じゃなきゃ駄目だと

鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

あまりにくだらない世界が消えない

馬と鹿が主題歌のノーサイドゲームってどんなドラマ?


米津玄師の馬と鹿が主題歌のノーサイドゲームとはどんなドラマなのでしょうか?Wikipediaにあらすじがありましたので、楽曲を詳しく理解するためにも前提知識として引用します。
トキワ自動車経営戦略室次長の君嶋隼人は、滝川桂一郎が出したカザマ商事買収案件に反対する意見書で、滝川と対峙していた。この案件は、結局取締役会で見送られたが、それからおよそ3か月後、君嶋は横浜工場総務部長に左遷させられる。
横浜工場総務部長は、トキワ自動車のラグビー部・アストロズのゼネラルマネージャー兼務と決まっていて、君嶋はラグビーについてまったくの素人ながら、着任早々監督選びに悪戦苦闘することになる。アナリストの佐倉多英やキャプテンの岸和田徹の助言を受けながら、新監督は柴門琢磨に決まり、いよいよ新生アストロズが始動し、快進撃を続ける。
そして、君嶋は元上司・脇坂賢治から、見送られたはずのカザマ商事買収案件が復活したことを聞く。

引用:Wikipedia ノーサイド・ゲーム
どうやらノーサイドゲームというドラマは企業エンターテイメントドラマのようですね!様々な困難や逆境に立ち向かっていく様が描かれているのでしょう。

この逆境という言葉。歌詞の意味を理解する上でかなり重要になりそうです。なぜなら、米津玄師さんが以下のようなツイートをしているから。

https://twitter.com/hachi_08/status/1147860565009686530

逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をどうにか音楽にできないかと探っていった末に」というところがポイントですね。

逆境に立ち向かっていくヒーロー的なキャラを音楽で描くのはかなり難しいですが、一体どんな楽曲に仕上がっているのでしょうか。

歌詞の意味をしっかりみていきましょう。

馬と鹿という曲名の意味

「馬と鹿」とは動物の名前ですが、どういう意味で曲名として使われているのでしょうか?

馬と鹿。この文字を見ただけで「馬鹿(バカ)」という言葉が頭によぎりますが、なぜ米津玄師は馬鹿を馬と鹿と表現したのでしょう。

考えていてもわからないので、まずは「馬と鹿」を分けて考えてみましょう。

まず、馬という動物から。

馬は昔から高貴で縁起がいい動物であるとされています。また、綺麗(清潔か否かではないほう)というイメージがある動物ですよね。
現代でも競馬など賭け事や牧場の愛されつ動物の一つとして活躍している動物です。

次に鹿という動物。

鹿は、「古事記」に鹿の神「アメノカク(天迦久)」が登場したり、神の使いとして鹿が使われたりするなど、古くから鹿は神格化されている動物です。また、鹿島神宮や春日大社では鹿が神の使いとして丁重に保護されているようです。

また、日本では勝利の象徴として、鹿が用いられていたそうです。(参考:世界各国で鹿が象徴するもの

これらを包括すると、馬と鹿には「高貴なもの」というイメージがあるわけです。馬鹿という言葉とは全く真逆なイメージですよね。

つまり、米津玄師さんがあえて「馬と鹿」と曲名にしているということは馬鹿という意味で曲名にしたのではなく、「高貴」や「大切にされるもの」という意味を込めるために「馬と鹿」という曲名をつけたのでしょう。

馬と鹿の歌詞の意味を徹底解釈

1番


歪んで傷だらけの春
麻酔も打たずにあると
体の奥底で響く
生きたりないと強く
また始まるさ
噛み終えたガムの味
きれないままの心で
一つ一つ無くした果てに
ようやく残ったもの

馬と鹿 -米津玄師

解釈

色々なものに傷つけられる春。そんな痛みがあるにもかかわらず麻酔のようなものはあえて打たない。
自分の心の奥底から「もっと強く生きろ」と声が聞こえる。
噛み終えたガムのように味がないけれど、決してガムが切れないように強い心で前に進む。
一つ一つ着実に無くしてった果てにようやく残ったものが今だから。


米津玄師さんが言っていた通り、逆境の中をひとつひとつ進んでいく様をストレートに表現した歌詞ですね。歪んで傷だらけという歌詞は、単純に外傷だけではなく、心の傷も含まれるのだと思います。

この曲の主人公は「今」の環境以外に残っているものはないのかもしれませんね。だから、たとえ傷だらけでも痛みを感じないように麻酔を打って、痛みを感じないようにしようなんて甘えずに、今の環境を維持しようとなんとかしがみつきながら前に進んでいるのかもしれません。

 

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ花の名前を
ただ一つだけ
張り裂けるぐらいに
鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

馬と鹿 -米津玄師

解釈

この感情が愛ではないなら他になんと呼んだらいいのだろうか。
ただ一つだけの大切な人に想いを伝えろよ。張り裂けるくらい。
ああ、鼻先が触れて、唇が触れて、呼吸が止まる...
痛みは消えないままでいい。


「呼べよ花の名前」という歌詞。ここは、主人公が感じている「愛」の対象の女性のことを言っているのだと思います。

また、呼吸が止まるという表現。これは、主人公が想いの女性に告白して、付き合った後キスをするシーンを表現しているのでしょう。つまり、後に続く「痛みは消えないままでいい。」という歌詞の痛みは、キスの最中に感じているということになります。

では、この「痛み」という歌詞にはどんな意味が込められているのでしょうか。

おそらくですが、先ほど歌われていた傷の痛みではなく、張り裂けるぐらい好きだったのに想いを伝えられなっかった過去の自分の痛みのことを指しているのだと思います。

過去の無力な自分は消さずに、好きな人とキスという人生で一番幸せな時間を過ごすなんて、きっと主人公は自分を決して否定しない人物なのでしょうね。


何にたとえよう
君と僕を
踵に残る似た傷を
晴れ間を癒えば
まだ続く
行こう花の咲かないうちに
Wow…..

米津玄師 -馬と鹿

解釈

君と僕は何に例えられるかな。
踵に残る傷が似ている僕が馬で君が鹿だろうか。
雷雲が避けて晴れ間が出るように、君と出会えたことは美しいものだ。
まだ、僕たちの物語は始まったばかりだ。
急いで行こう。この天気で花が咲く前に。


踵とは「かかと」という意味ですが、馬にも蹄の踵と書いて蹄踵(ていしょう)と呼ぶ部分があります。

わかりやすい画像がありましたので、引用させていただきます。

みんなの乗馬

この蹄踵(ていしょう)という部分。馬の第二の心臓と呼ばれるほど大切なものらしいです。なんでも、蹄踵(ていしょう)が原因で命を落とす馬がいるほどとか。

曲の冒頭の歌詞で、主人公は心も傷を負っていると解釈しましたが、その心の傷は死にたくなるほど辛いものだったということを「踵に残る似た傷」という歌詞で表現しているのだと思います。

そんな死にそうな主人公も、大切な「君」と出会うことで、雷雲が避けて晴れ間出るように、心が晴れて言ったのかもしれませんね。

 

これが愛じゃなければ
何と呼ぶのか僕は知らなかった
呼べよ恐れるままに
花の名前を
君じゃなきゃ駄目だと
鼻先が触れる
呼吸が止まる
痛みは消えないままでいい

あまりにくだらない世界が綺麗だ
馬鹿臭い


米津玄師 -馬と鹿

解釈

この感情が愛ではないなら他になんと呼んだらいいのだろうか。
ただ一つだけの大切な人に想いを伝えろよ。張り裂けるくらい。
ああ、鼻先が触れて、唇が触れて、呼吸が止まる...
痛みは消えないままでいい。

あまりにもくだらない世界だと思っていた世界がこんなにも綺麗だとは。
悩んでた自分が馬鹿らしいや。


最後の最後で「馬と鹿(≒馬鹿)」を回収してきましたね!

馬鹿という言葉を人を蔑む言葉として使うのではなく、悩んでいた自分がなんて馬鹿だったんだと、「馬鹿」という言葉を過去の自分をあざ笑うかのように使ってハッピーエンドで終わらせる表現の仕方は、やはり天才としか言えませんね。

 

最後までお読みいただきありがとうございました

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