music.branchwith
リピート
メニュー
Loopicon

【米津玄師/飛燕】の歌詞の意味を徹底解釈 | 読み方は?ジブリから取られたってほんと?

ひいらぎ最終更新:
目次

歌詞

米津玄師の飛燕のジャケット

曲名:飛燕

アーティスト:米津玄師

作詞:米津玄師

作曲:米津玄師

翼さえあればと 灰を前に嘆いていた
鳥のように飛んでいく あの雲に憧れて

慰めも追いつかない 一人きり空の果て
傷に傷を重ねて まだ誰かが泣いている

夜の底に 朝の淵に こそ響く歌があると
呼ぶ声が聞こえたら それが羽になる

ずっと 風が吹いていた あの頃から 変わらぬまま
君のためならば何処へでも行こう 空を駆けて

美しさを追い求め 友さえも罵れば
這い回る修羅の道 代わりに何を得ただろう

猛り立つ声には 切なさが隠れている
誰がその背中を 撫でてやろうとしただろう

流離うまま 嵐の中 まだ胸に夢を灯し
渦を巻いて飛ぶ鳥の 姿を倣えばいい

ずっと 羽ばたいていた 未来へ向かう 旅路の中
道の正しさは風に託して ただ進んでいけ

夢を見ていたんだ風に煽られて
導いておくれあの空の果てへ
夢を見ていたんだ風に煽られて
導いておくれあの空の果てへ

ずっと 風が吹いていた あの頃から 変わらぬまま
君のためならば何処へでも行こう 空を駆けて

ずっと 羽ばたいていた 未来へ向かう 旅路の中
道の正しさは風に託して ただ進んでいけ

飛燕という曲名の意味

「飛燕」とは文字通り、飛んでいる燕のことを指します。

燕は小柄で可愛らしい外見をしていますが、宙を駆ける姿は素早く、凛々しくもあります。
顔の一部と喉元が鮮やかな色をしているので、どことなく内に情熱を秘めているようにも思えます。

大空を突き進む燕を想像すると、風を切る鋭さ、燃えるような力強さと共に、強風に打たれたら負けてしまうのではないかとの不安を感じます。空を行く体が小さいからこそ人は飛燕に心打たれ、風が強ければ強い程エールを送りたくなるのです。

飛燕の歌詞の意味を徹底解釈

1番

翼さえあればと 灰を前に嘆いていた
鳥のように飛んでいく あの雲に憧れて

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

翼さえあればと、希望を失って嘆いていた。
鳥のように飛んでいくあの雲に憧れて。


「翼」は空を飛ぶのに必要な器官、「灰」は燃え尽きてしまった残骸です。

灰になってしまった何かを前にして、歌の主人公は自分に飛ぶ力がないことを嘆いています。同時に、空を飛んでいく「鳥」や「雲」に対して憧れを抱いています。言うまでもなく「翼」は「鳥」のシンボルです。

これらのことから、飛ぶことは自由に前進することを表していると解釈されます。また、飛行に対する主人公の憧憬も踏まえると、ここで「灰」になってしまったものは憧れの対象であり、かつ前進の目的にもなるもの、つまり夢や希望だと考えられます。

 

慰めも追いつかない 一人きり空の果て
傷に傷を重ねて まだ誰かが泣いている

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

一人きり世界からはぐれてどんな慰めも役に立たない。
傷に傷を重ねてまだ誰かが泣いている。


どんな慰めの言葉も届かないほどの孤独を「空の果て」で主人公が噛み締めています。

「空」はあらゆる飛行生物にとって生活の場であると同時に、人間にとっても世界の一部です。なおかつ、夢を描くのに絶好のキャンパスでもあります。その「果て」ですから、意気消沈した主人公が一人きりで佇むにはふさわしい場所と言えます。

しかし、主人公の傍には他の誰かがいるようです。姿は見えませんが、傷付いて泣く声が聞こえています。おそらく主人公と同じく飛ぶことに失敗し、絶望と孤独を味わっているのでしょう。

 

夜の底に 朝の淵に こそ響く歌があると
呼ぶ声が聞こえたら それが羽になる

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

絶望のどん底でこそ、わずかな希望が灯った瞬間にこそ、響く歌があると
呼ぶ声が聞こえたら、それが羽になる。


「夜の底」からは暗闇が連想され、沈鬱な気配が感じられます。「朝の淵」からは夜明け間近の、か細くも確固とした赤い光が浮かび上がってきます。これを感情の比喩と捉えると、それぞれ「絶望のどん底」と「わずかな希望が灯った瞬間」と言い替えることができます。

「歌」は物語や人の心を代弁します。また「羽」は「翼」と比べると小さく、どこか頼りなさげですが、飛ぶ力を持っています。

苦しみの渦中に寄り添ってくれる「歌」、苦しみから這い上がる契機を得た時に背中を押してくれる「歌」、その存在に気付いた時、主人公は「羽」を得ます。

「呼ぶ声」は「空の果て」から聞こえてくるようです。主人公とは違う誰かの声とも捉えられますし、主人公自身の内なる声とも解釈できます。

 

ずっと 風が吹いていた あの頃から 変わらぬまま
君のためならば何処へでも行こう 空を駆けて

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

あの頃から変わらぬまま、ずっと風が吹いていた。
君のためならば何処へでも行こう。空を駆けて。


「あの頃」とは「灰」が燃える以前のことでしょう。変わらずに吹き続ける「風」は「羽」に揚力を与え主人公を運んでくれます。

一度は地に落ちた彼ですが、前進を促す力は変わらずそこにありました。気付いた今、主人公は再び「空」を行く決意をします。

「君」とは「声」の持ち主のことだと考えられます。主人公が慕っている他者、あるいは夢を追うことを求めている主人公の本心とも解釈が可能です。

 

2番

美しさを追い求め 友さえも罵れば
這い回る修羅の道 代わりに何を得ただろう

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

美学を追求し、友さえも罵り
争いを繰り返す。代わりに何を得ただろう。


「友さえも罵」る必要を生じさせた「美しさ」は、主義主張や正義のことだと考えるのが妥当です。

自身の信念を貫くために仲間を敵に回し、主人公は「修羅の道」で「這い回る」つまり争いを繰り返したのです。その代償として得たものを彼は実感できていません。

 

猛り立つ声には 切なさが隠れている
誰がその背中を 撫でてやろうとしただろう

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

猛り立つ声には切なさが隠れている。
誰がその背中を撫でてやろうとしただろう。


「猛り立つ声」からは怒りや熱意を汲み取ることもできますが、それらの感情は不満があるから生じるものです。苦しみを叫びに変えるその人は、主人公が客観的に描いていることから他者であると判断され、慰めを得られない彼に主人公が同情していると考えられます。

 

流離うまま 嵐の中 まだ胸に夢を灯し
渦を巻いて飛ぶ鳥の 姿を倣えばいい

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

流離うまま、嵐の中でもまだ夢を忘れていない。
渦を巻いて飛ぶ鳥の姿を倣えばいい。


「流離うまま」に辿り着いた「嵐の中」、荒れ狂う風は空を行くものに容赦なく襲い掛かります。しかし主人公は希望を失っていません。

激しい風に乗り「渦を巻いて飛ぶ鳥」の姿に、彼は希望を見出しています。

 

ずっと 羽ばたいていた 未来へ向かう 旅路の中
道の正しさは風に託して ただ進んでいけ

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

未来へ向かう旅路の中ずっと羽ばたいていた。
正しいかどうかなんて気にしない。ただ進んでいけばいい。


夢へ向かって行く主人公ですが、進むべき方向を把握していないようです。それでも不安な様子は見せず、がむしゃらに前進し続けます。

失意を振り切り前だけを見つめる覚悟は、危ういと同時に痛快です。

 

夢を見ていたんだ風に煽られて
導いておくれあの空の果てへ
夢を見ていたんだ風に煽られて
導いておくれあの空の果てへ

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

風に煽られて夢を見ていたんだ。
あの空の果てへ導いておくれ。
風に煽られて夢を見ていたんだ。
あの空の果てへ導いておくれ。


前進を決めた主人公ですが、夢への道程は安全なばかりではありません。「煽られて」との感覚に、先程は隠れていた不安が表れています。「夢を見ていたんだ」との呟くような言葉も合わせると、無我夢中の状態が終わり、飛び続けることへの恐怖が湧き上がってきそうな、不吉な予感を覚えます。

しかし主人公は「あの空の果て」へ辿り着くことを諦めていません。この「空の果て」は、先程主人公が孤独に浸っていたのとは別の地平線で、彼の旅路の最終目的地だと解釈できます。

環境要因である「風」に「導いておくれ」と願っているところを見ると、独力でゴールする自信はないようです。

不安や恐怖と戦いながらも渇望に背中を押され、主人公は飛び続けます。

 


ずっと 風が吹いていた あの頃から 変わらぬまま
君のためならば何処へでも行こう 空を駆けて

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

あの頃から変わらぬまま、ずっと風が吹いていた。
君のためならば何処へでも行こう。空を駆けて。


一度解釈したので割愛します。

 

ずっと 羽ばたいていた 未来へ向かう 旅路の中
道の正しさは風に託して ただ進んでいけ

米津玄師 -飛燕

ひいらぎの解釈

未来へ向かう旅路の中ずっと羽ばたいていた。
正しいかどうかなんて気にしない。ただ進んでいけばいい。


一度解釈したので割愛します。

 


 


La fin...