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【米津玄師/MAD HEAD LOVE】の歌詞の意味を徹底解釈 | 曲名のように「逝かれた」頭でする恋愛は健全な愛ではない!?

ひいらぎ最終更新:
目次

歌詞

米津玄師のMAD HEAD LOVEのジャケット

曲名:MAD HEAD LOVE

アーティスト:米津玄師

作詞:Kenshi Yonezu

作曲:Kenshi Yonezu

ああ 煮えたぎる喉の奥
どんどろりんと言葉が溶けていく
もう愛から愛へ愛されて愛まで
脳みそ全部そんな感じ

ああ あの日のことを思えば
真っ黒焦げ痛みで目が冴える
もう愛から愛へ愛されて愛まで
年がら年も引っ切りなし

呪われた僕らは虜になって
きっと愛だ恋だを忘れられないままでいる
愚かさに囚われもう戻れないな
そうさ修羅の庭にて君と二人きりで
殴り殴られ乱闘中!

ベイビーベイビビアイラービュー
さらば 思い出せないような
呆然自失の毎晩を
君の全てで爆破して
単純明快 こんなもんだ
スッカラカンの脳で歌うたって
迷妄醜態 全部そうだ
ひっくるめて愛を注いでいたい
ベイビーベイビビアイラービュー
今は痣だらけの宇宙で
愛とも言うその暴力で
君と二人で喧嘩したい

ああ 醜くも地を這って
チンチロリンと言葉を賭けていく
もう愛から愛へ愛されて愛まで
引いては押してとっちらかせ

君を見つめてから始まったのさ
こんな嘘も真も白魚の乾いた眼も
それまでの記憶はもう何にもないな
そうさ修羅の庭にて君と二人きりで
騙し騙され混乱中!

ベイビーベイビビアイオンチュー
彼方先までの道中の
バッテンハズレのトンチンカン
君の全てで爆破して
暗雲低迷 擦って揉んで
こんがらがった脳で歌うたって
天真爛漫 蹴って泣いて
どんがらがっしゃ愛憎混在の
ベイビーベイビビアイオンチュー
今はあばら屋の寝室で
恋とも言うその引力で
君と バカンスを謳歌したい

いま一人二人愛の獣になって
傷だらけ 血で塗れ
疲れ果てまた傷つけて
ほら巡り巡る今を貪りあって
擦り切れて 擦り切れて
疲れ果て果て果てど愛している

ベイビーベイビビアイラービュー
さらば!思い出せないような
呆然自失の毎晩を
君の全てで爆破して
単純明快 こんなもんだ
スッカラカンの脳で歌うたって
迷妄醜態 全部そうだ
ひっくるめて愛を注いでいたい
ベイビーベイビビアイラービュー
今は痣だらけの宇宙で
愛とも言うその暴力で
君と二人で喧嘩したい

ベイビビアイラービュー

MAD HEAD LOVEという曲名の意味


”mad”の訳として真っ先に思い浮かぶのは「狂っている」ではないでしょうか。

一見”crazy”と同義であるように思われますが、辞書によると”mad”はより重傷で凶暴性を孕んだ狂気を表すそうです。他にも「激しい」「ひどく怒って」「常軌を逸した」「夢中になって」「大浮かれの」等の意味があり、文脈次第でネガティブにもポジティブにも変化することがわかります。一貫しているのは、どちらの場合でも理性の制御を超えていることです。

これを踏まえて“mad in love”「愛に狂っている」と言う表現を見ると、精神に異常をきたす程の熱狂ぶりが感じられます。

曲名「MAD HEAD LOVE」は「MAD HEAD and LOVE」とも「MAD HEAD and MAD LOVE」とも解釈できますが、いずれにせよ頭がmadになるくらいですから、この愛は健全なものではないようです。苦悩に苛まれながらもコントロールできない渇望、血の匂いのする病的な愛だと考えられますね。

MAD HEAD LOVEの歌詞の意味を徹底解釈

1番

ああ 煮えたぎる喉の奥
どんどろりんと言葉が溶けていく
もう愛から愛へ愛されて愛まで
脳みそ全部そんな感じ

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

言いたいことなら溢れるほどあるのに
どれもこれも言葉にならない。
僕の愛と君からの愛とで
頭の中がぐちゃぐちゃだ。


1,2行目。煮えたぎった鍋をのぞくと、ぐらぐらと気泡が沸いています。ここで喉の奥に湧き上がっているのは言葉ですが、あまりの高熱に溶けてしまって意味を成していません。

3,4行目。「●●から××へ、▲▲まで」本来なら移動するはずですが、愛から始まった思考は始終愛に埋もれ、身動きが取れなくなっています。一度だけ「愛されて(=君からの愛)」に立ち寄っていますが、結局は愛に戻っています。自身の愛と君からの愛とで僕の脳みそはパンク寸前の様子です。


ああ あの日のことを思えば
真っ黒焦げ痛みで目が冴える
もう愛から愛へ愛されて愛まで
年がら年も引っ切りなし

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

あの日のことを思うと
真っ黒に焼け焦げるような痛みが新鮮に蘇る。
僕の愛と君からの愛とに
年がら年中囚われている。


2行目。思い浮かべた痛みで目が冴えるのですから、痛みは全く風化していません。つまり新鮮なのです。

呪われた僕らは虜になって
きっと愛だ恋だを忘れられないままでいる
愚かさに囚われもう戻れないな
そうさ修羅の庭にて君と二人きりで
殴り殴られ乱闘中!

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

まるで呪われたみたいにお互い夢中になって
きっと恋愛感情にまだ浸かっていたいんだ。
愚かだとわかっていてもどうしようもない。
君と二人きり修羅の庭で
殴り殴られ乱闘を続けている。


2行目。曲名からもわかる通り、この愛は激しい苦痛を伴うものですが、恋に関してはここで初めて言及されます。普通、恋と聞いて連想するのは、甘酸っぱい初恋だの、夢の中にいるような高揚感だの、幸福で浮足立った感覚です。それを「きっと忘れられずにいる」と言うことは、恋愛の愉快な側面を、忘れた方が安泰だと気付きながらも振り切れずにいる状態だと解釈できます。

4行目。「修羅の庭」は、闘争の舞台を表しています。君との愛を終わらせてしまえばもう争わずに済むのに、愚行と知りながら乱闘を避けられない、痛ましい葛藤が伺えます。

2番


さらば 思い出せないような
呆然自失の毎晩を
君の全てで爆破して
単純明快 こんなもんだ
スッカラカンの脳で歌うたって
迷妄醜態 全部そうだ
ひっくるめて愛を注いでいたい
ベイビーベイビビアイラービュー
今は痣だらけの宇宙で
愛とも言うその暴力で
君と二人で喧嘩したい

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

ベイビーベイビビアイラービュー。
記憶に残ることすらなかった
自分さえ見失っていた退屈で平坦な毎晩を
君にぶち壊してほしい。
単純なことだ、こんなもんなんだと
頭を空っぽにして僕は歌う。
全部が妄想だろうとそれが醜かろうと
みんなひっくるめて君に愛を注いでいたい。
ベイビーベイビビアイラービュー。
今は痣だらけになってしまった僕の世界で
愛がお互いを傷付けても
その感情で君と繋がっていたい。


1行目。baby, baby, I love you.と書いてしまうと、巷に溢れるラブソングに引きずられ情熱的で盲目的なイメージが湧いてきますが、カタカナによる表記によって機械的な印象が生まれ、更に白々しい程の片言発音と「ベイビビ」というブレからは、感情のバグが感じられます。このフレーズ自体が完成された表現だと考え、あえていじらず記載しています。

2,3,4行目。「思い出せないような」「呆然自失」との言葉から、感情の動きがない、覚えておくに値しない日々への静かな不満が浮かび上がってきます。それを「君の全てで爆破して」ほしいわけですから、ぶち壊してほしいと言い替えることができます。

5,6行目。半ば開き直り気味に葛藤を単純なものと割り切り、考えることすら諦めて歌うことに逃避しています。

7,8行目。迷妄に醜態、全部がそうなのだ、そう言われてしまうと何とも投げやりな感がありますが、そうでもしなければ本当に発狂してしまいそうなのかもしれません。何しろ「ひっくるめて愛を注いでいたい」のですから、苦痛に耐えながら願望を叶えるには、細かい疑問に目を向けている余裕などないのでしょう。

10,11,12行目。宇宙は精神世界を言い表したものと解釈できます。そこでは愛は暴力になります。僕と君の愛が一方通行で、互いにぶつけ合うものだからだと考えられます。歌詞全体を通して、描かれているのは僕の内面だけで、愛しているはずの君の内面については全く描写がありません。つまり僕には自分の心しか見えず、愛を注ぎたい、君に干渉してほしいとの願望を、君の気持がわからないままに押し付けているのです。たとえ愛情でも一方的にぶつけられれば痛いに決まっています。それでも君との喧嘩を求めるのですから、なるほどmadです。

[inpre_php id="歌詞の意味2番"]

ああ 醜くも地を這って
チンチロリンと言葉を賭けていく
もう愛から愛へ愛されて愛まで
引いては押してとっちらかせ

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

無様に地を這う慎重さで
表向き軽やかな言葉の駆け引き。
僕の愛と君からの愛。
引いては押して思考はとっ散らかるばかり。


1,2行目。チンチロリンとはいかにも軽妙で醜く地を這う姿とは対照的です。慎重に選んだ言葉でも、いざ口にした時には鈴の音のように軽く、僕の内面と外面とのギャップが苦々しくも滑稽です。


君を見つめてから始まったのさ
こんな嘘も真も白魚の乾いた眼も
それまでの記憶はもう何にもないな
そうさ修羅の庭にて君と二人きりで
騙し騙され混乱中!

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

君を見つめてから始まったんだ
嘘も真実も死んだ魚の目みたいに乾き疲れた感覚も。
それまでの記憶はもう何にもない。
君と二人きり修羅の庭で
騙し騙され混乱している。


2行目。白は繰り返し述べられている記憶の喪失に重なり、何も考えられなくなる程の疲弊を、魚の乾いた眼は生気の欠乏を連想させます。

ベイビーベイビビアイオンチュー
彼方先までの道中の
バッテンハズレのトンチンカン
君の全てで爆破して
暗雲低迷 擦って揉んで
こんがらがった脳で歌うたって
天真爛漫 蹴って泣いて
どんがらがっしゃ愛憎混在の
ベイビーベイビビアイオンチュー
今はあばら屋の寝室で
恋とも言うその引力で
君と バカンスを謳歌したい

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

ベイビーベイビビアイオンチュー。
延々と続く道行に起こる
どんな間違いも過ちも
君にぶち壊してほしい。
雲行きが怪しくなって散々揉めて
頭がこんがらがったまま僕は歌う。
心のままに蹴ったり泣いたり
愛憎が大暴れ。
ベイビーベイビビアイオンチュー。
今は荒れ果ててしまった寝室で
惹かれ合った君と
たまには争いを忘れて恋を謳歌したい。


1行目。前述したものと同じ理由により、原文のまま記載しています。

3,4行目。バッテン、ハズレ、トンチンカン、いずれも不正解や的外れを意味します。それらを爆破してほしいと言うことは、許してほしい、あるいは受け流してほしいのではなく、正解か否かはともかく(つまり君の気持は二の次で)僕の想いに応えてほしいと訴えているように感じられます。

11,12行目。恋が二度目の登場ですが、やはり暴力性は見受けられません。むしろ引力と言い替えられているので、愛に至る前の純粋に惹かれ合う状態を表していると考えられます。たまには愛憎にもがく現状から抜け出し、一時のバカンスとして恋を満喫したいと願う様子が伺えます。


いま一人二人愛の獣になって
傷だらけ 血で塗れ
疲れ果てまた傷つけて
ほら巡り巡る今を貪りあって
擦り切れて 擦り切れて
疲れ果て果て果てど愛している

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

僕も君も愛のせいで理性を失って
傷だらけの血塗れになっている。
疲れ果てているのにまた傷つけあう。
繰り返し愛を貪りあって
すっかり擦り切れて
途方もなく疲れ果てているのにそれでもまだ愛している。


4行目。「巡り巡る今」は、傷つけ合うことで互いの愛を確かめる瞬間のことだと解釈できます。

ベイビーベイビビアイラ―ビュー
さらば!思い出せないような
呆然自失の毎晩を
君の全てで爆破して
単純明快 こんなもんだ
スッカラカンの脳で歌うたって
迷妄醜態 全部そうだ
ひっくるめて愛を注いでいたい
ベイビーベイビビアイラービュー
今は痣だらけの宇宙で
愛とも言うその暴力で
君と二人で喧嘩したい

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

ベイビーベイビビアイラービュー。
記憶に残ることすらなかった
自分さえ見失っていた退屈で平坦な毎晩を
君にぶち壊してほしい。
単純なことだ、こんなもんなんだと
頭を空っぽにして僕は歌う。
全部が妄想だろうとそれが醜かろうと
みんなひっくるめて君に愛を注いでいたい。
ベイビーベイビビアイラービュー。
今は痣だらけになってしまった僕の世界で
愛がお互いを傷付けても
その感情で君と繋がっていたい。


一度解釈したので割愛します。

ベイビビアイラービュー

米津玄師 -MAD HEAD LOVE

ひいらぎの解釈

ベイビビアイラービュー。


締めくくりに機械的な愛情表現が繰り返されます。愛の苦悩に対する諦念とも、歯止めの利かない感情に対する理性の降参とも受け取れます。