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【ヨルシカ/藍二乗】の歌詞の意味を徹底解釈 | 空っぽな主人公が描く物語に注目!

編集: ひいらぎ 最終更新:
目次

藍二乗という曲名の意味を考察


「藍二乗」とはどういった意味でしょうか。

「藍二乗」の「藍」に着眼して解釈すると、「藍二乗」というのは2通りの意味の解釈ができると思っています。

一方の解釈は、「藍」を「藍色」とし、「藍二乗」を「藍色の二乗」と解釈する方法です。藍色というのはn-bunaさんの中で暗いとか、昏いというイメージがあるので(ウミユリ海底譚などで解釈済み)、「藍色の二乗(=藍二乗)」はとても暗いという意味を持つことになります。


もう一方の解釈は、「藍」を高校数学で習う、虚数単位の「i」として、「藍二乗」を「i」の二乗。つまり-1と解釈する方法です。-1といえば、-1同士を掛け合わせると1になるということが有名ですよね。

それになぞらえて、この曲の主人公(僕)を-1。この曲に登場する「君」を-1とすると、「藍二乗」というのは「主人公(僕)と「君」が一緒にいて初めて1になる(生活できる)ことに君がいなくなってから気づいた。

一人じゃ生活できない僕は-1(藍二乗)のようなものだ」というようなメッセージ性を持つことになります。

どちらかというと、後者の解釈の方が個人的にしっくりくるので後者の意味で解釈していきます。

藍二乗の歌詞の意味を徹底解釈

1番

変わらない風景 浅い正午 高架下、藍二乗、寝転ぶまま 白紙の人生に拍手の音が一つ鳴っている 空っぽな自分を今日も歌っていた

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

(君がいなくなってから)何もする気もおきない。
いつも通り代わり映えしない正午に高架下で寝ころんだままの僕は藍二乗だ。
こんな空っぽな人生に僕の心音だけがなっている。
そうやって空っぽな僕は生きている。

解釈の(君がいなくなってから)の部分。この時点ではまだ「君」が登場することも、「君」がいなくなることも歌詞に書かれてはいませんが、あとあと登場するので便宜上補足しています。


「拍手の音」の部分。ここの歌詞の解釈は人によってかなり解釈が異なってくると思います。私は、どんなに空っぽな人生でも、生きている限り心臓は動き、心音はすると思ったので拍手の音を心音と解釈しています。

変わらないように 君が主役のプロットを書くノートの中 止まったガス水道 世間もニュースも所詮他人事 この人生さえほら、インクみたいだ あの頃ずっと頭に描いた夢も大人になるほど時効になっていく

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

君がいなくなる前と何も変わらないように
自分の世界に入り込んで君と僕の物語を紡いでいく。
止められたガスも水道も世間もニュースよりも、僕は僕の中の君の方に関心があるんだ。
僕が紡いでいる物語のように人生なんて何かを守るためにあるんじゃないか。
君が生きていたころ一緒に描いた未来も歳をとるほど不可能になっていく。

この部分に登場するプロットとは、物語や小説、映画などの筋たてという意味があります。そこから、プロットを書くを物語を紡ぐと解釈しています。


「この人生さえほら、インクみたいだ」(引用:ヨルシカ -藍二乗)の部分。MVでインクを使って物語を書いている描写があるので、インクという歌詞を物語を紡ぐことと解釈しています。

主人公にとって、君との物語を紡ぐことは君との大切な思い出を守るためですから、「人生なんて何かを守るためにあるんじゃないか」と解釈することができます。

ただ、ただ雲を見上げても 視界は今日も流れるまま 遠く仰いだ夜に花泳ぐ 春と見紛うほどに 君をただ見失うように

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

ただ、高架下に寝ころんで雲を見ていても、一向に先には進めないんだ。
春の美しい花と間違ってしまうような美しい希望が、遠くある夜にあるかのように思ってしまう。
現実は君を見失ってしまっているのに。

「花泳ぐ」とはどういった意味でしょうか。googleで検索しても「花と泳ぐ」という漫画が出てくるだけでこれといった意味は出てきませんでした。

このままでは意味がわからないので、ここでは「花泳ぐ」を「花」と「泳ぐ」に分けて「花泳ぐ」の意味を推測してみます。
「花」とは(花みたいに)美しいという意味と草花などの花という意味があります。今回の「花」は前後の歌詞から前者の(花みたいに)美しいという意味で間違い無いでしょう。

もし、草花などの花と解釈するなら「春」という歌詞がのちに出てきますから、きっと春の花のことを指すのでしょう。


次に「泳ぐ」とは、皆さんが第一に思い浮かべる、手足を動かして水中を進むという意味の他に、うまく世の中を渡り歩くという意味もあります。「泳ぐ」をうまく世の中を渡り歩くと解釈すると、「花泳ぐ」は(花のように)美しく世の中を渡り歩くとなります。

もう少し曲に合うように解釈すると、「うまく世の中を渡り歩く(≒普通の生活をする)」となり、これは主人公にとって希望ですから、美しい花と間違ってしまうような美しい希望となります。


2番

転ばないように下を向いた 人生はどうにも妥協で出来てる 心も運命もラブソングも人生も信じない 所詮売れないなら全部が無駄だ わざと零した夢で描いた今に寝そべったままで時効を待っている

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

より自分を高めるために上を向くより、安定を求めて下を向いている。
人生はどうやら妥協で成り立っているようだ。
そんな人生も心も運命もラブソングも価値がなきゃ全部が無駄だってことに気づいた。
わざと現実から逃避して書いた夢の中で寝そべったまま君を忘れるのを待っている

ここの前半部分では価値のない人生なんて無駄だという、主人公の「人生」の価値観を歌っています。大切な人である「君」を失った主人公としては、いくら過程(君と過ごした日々)がよくても結果(今現在)が良くなければその人生に価値なんてないなんて思ってしまうのでしょうね。

一番で登場した「時効」という歌詞がここでも登場しています。「時効」というのは、あることの効力が一定時間経過して無効になることという意味を持ちますが、一体何が無効になることを主人公は待っているのでしょうか。


私は、「君を失ったという事実が受け入れられない自分」が無効になるのを主人公が待っているのだと感じました。つまり、「君を忘れたい」ということですね。

なぜそう感じたかというと、一番でもうっすらと歌われていますが、主人公は心の奥で「前に進まなくてはいけない」と思っているように感じたからです。

ただ、ただ目蓋の裏側 遠く描く君を見たまま ノート、薄い夜隅に花泳ぐ 僕の目にまた一つ

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

目蓋の裏にあるはずがない君との未来を見たまま、ノートに夜を抜けた先にある普通の生活の物語を紡いでいる
僕の目にまた一つ道が見えた気がした

またまたn-bunaさんの造語が出てきました。「夜隅」です。いつも通り「夜隅」を「夜」と「隅」に分けて意味を考えてみます。


ここの「夜」の意味は、一番の夜とほぼ同じ意味だと解釈していいと思います。次に「隅」ですが、国語辞典によると「すみ。かたすみ。はて。」などの意味があるようです。つまり「夜隅」とは「よるのはて」と解釈できます。なので私は、夜を抜けた先と解釈させていただきました。


人生は妥協の連続なんだ そんなこと疾うにわかってたんだ エルマ、君なんだよ 君だけが僕の音楽なんだ この詩はあと八十字 人生の価値は、終わり方だろうから

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

人生なんて妥協でできているなんてずっと前からわかってた。
エルマ。君だけが僕の全てなんだ。
人生の価値は終わり方で全てが決まるんだ。

ここで一番気になる歌詞は「エルマ」ですよね。どういった意味を持つのか気になって調べましたが、これといった意味はないようです。意味はありませんが、どうやら外国の方の人名に使われることがあるそう。なので、ここでは人名と解釈します。(エルマ=Elma=りんご(トルコ語)って出てきたけど関係ないよね?)

人名と解釈すると、後に続く歌詞からエルマは曲中の「君」となりますね。

ちなみに「この詩はあと八十字」(引用:ヨルシカ -藍二乗)という歌詞がありますが残りの歌詞を数えると本当に80字になってます。

ただ、ただ君だけを描け 視界の藍も滲んだまま 遠く仰いだ空に花泳ぐ この目覆う藍二乗 ただ、ただ 遠く仰いだ空、君が涼む ただ夜を泳ぐように

ヨルシカ -藍二乗

ひいらぎの解釈

ただ、君だけを描き続けたい。
涙を浮かべながら遠く見上げた空を見ている

遠く見上げた空に君が泳ぎながら涼んでるような気がした。

視界の藍という歌詞の「藍」というのは、主人公が見ている空のことです。

その空がなぜ滲んでいるのか。それは主人公が泣いているからでしょう。
そのあとの歌詞で「この目覆う藍二乗」(引用:ヨルシカ -藍二乗)という歌詞があり、藍二乗という曲名が「涙の藍色」と「空の藍色」が主人公から見て重なっているという意味なのではないかと思ってしまいました。

こうやって色んな方面から解釈できるっていうことは、本当に歌詞が深い証拠なのかもしれませんね。