【シユイ / ハピネス オブ ザ デッド】の歌詞の意味を徹底解釈 |自分らしく生きてみたくなる、TVアニメ『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』EDの歌詞を紐解く!
編集: ひいらぎ最終更新: 2023/8/3
ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~ってどんなアニメ?
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— TVアニメ『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』公式 (@Zom100_anime_JP) August 2, 2023
📺8月6日(日) 17:00~
特番放送決定!
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アニメの魅力をお伝えしつつ、
ゾンビ世界で生き抜く方法をマジメに考える特別授業をお届け🧟
📺#ゾン100 特番~ゾンビから逃げ切るために準備したい100のこと~
MC:向井慧(パンサー)… pic.twitter.com/gmJxDac0rL
TVアニメ『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』は、自分のやりたいことを次々と実現させていくストーリー。
ブラック企業で働く天道輝(アキラ)は入社3年目の24歳。
身も心もすり減らしながら働いていますが、唯一癒しになっているのが経理の鳳さん。
ですが仕事同様恋もままならず、うつ病になりつつあるアキラは絶望的な毎日を繰り返していました。
しかしある朝街中にゾンビが溢れかえり、いわゆるゾンビパンデミックが発生。
アキラは大量のゾンビに追われますが、その中でふと「今日から会社に行かなくてもいいのでは?」と思います。
ブラック企業から解放され、生き生きとし始めたアキラは一気にポジティブな人間になり、パンデミックが起きているとは思えないほど、様々なことを行っていきます。
アキラが「ゾンビになるまでにしたい100のこと」とはー。
自由になったアキラのプチっとした冒険が始まります。
ハピネス オブ ザ デッドという曲名の意味を考察
「ハピネス オブ ザ デッド」は直訳すると「死者の幸福」という意味です。
この歌詞での”デッド”は直接的な死を指すのではなく、人生の短さや不確実性を認識しながらもその中で幸福や喜びを見つけることの重要性を表現しているようであり、その一瞬一瞬を大切にし、積極的に楽しむ姿勢が大事という意味からつけられたのではないでしょうか。
ハピネス オブ ザ デッドという歌詞の意味を徹底解釈
ルーティン化してない?

つまんなそうにして
効率ばっかの毎日で
いいっちゃいいが
ちょっと勿体ないね
この日が人生のラストだと思えば
スティーブも失笑 なんか始めよう
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
このフレーズでは変わらない毎日を送っている様子が描かれているようです。
その変わらない日常はすでにルーティン化しつつあり、それはそれでいいけれどちょっともったいないな、と主人公は思っているのでしょう。
なんでもいいや、とあきらめるよりも、もっと大切な何かがあるかもしれないという意味が込められているのかもしれません。
”この日が人生のラストだと思えば”という部分からは、人生が一過性であることを意識し、その中で何か新しいことに挑戦する意欲が感じられ、忙しい日常であっても楽しみや喜びを見つけ、人生を有意義に生きようと投げかけているようでもあります。
何度でも挑んでみるよ

Life & Death
もう何回目?なのに
やめられないんだ Like a ジャンキー
もう一回 さあもう一回
いくぜ この世の果てまでyeah
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
”もう何回目?なのに やめられないんだ Like a ジャンキー”という部分では、何度も繰り返される経験や試みにも関わらず、その喜びや興奮がやめられない様子が描かれていいるようです。"Like a ジャンキー"という表現は、中毒者のようにその感覚や経験に引き込まれるという意味を持ち、ここではその感覚が強調されているのでしょう。
悩んだり切なくなったりするけれど、生きているからこそ感じられる感情であり、挫折や困難を乗り越え、何度でも挑戦してやる、と主人公は思っているのではないでしょうか。
”この世の果てまで”という言葉からは、限界まで挑戦する意志と覚悟が示されているようです。
今日を楽しもう

さあ幸せを探したいんだ
鍵は置いてったっていい
生きて笑えていれば上等
さあ何もない場所だって
何もないわけじゃないさ
どうだい? オーライ!
今日にときめいて
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
ここでは幸せを見つけることを意識して、過去の束縛や制約を捨てる姿勢が示されていいるようです。
"鍵は置いてったっていい"という表現は、過去の固定観念や期待に縛られず、自由な発想で幸せを見つけることを伝えているのでしょう。
笑顔や喜びを大切にすれば、それだけで幸せになれると思っているのかもしれません。
後半のフレーズではどんな状況や場所でも、中には見逃している価値や楽しみがあることを示しているようです。
目の前にあることに意識的に目を向ければ、そこに秘められた面白いこと、楽しいこと、美しいことなどを見つけることができると伝えているのかもしれません。
せっかく生きているのだから、つまらないことばかり考えていないで今日その日を楽しんでみようよ!と思っている様子がうかがえます。
自分らしく生きていきたい

寄り道したっていい
急に歌い出したっていい
全て終わる日まで
心の電源を落として生きるのは
楽っちゃ楽だ
でもなんか嫌んなっちゃうね
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
このフレーズでは人生の中で回り道や寄り道をしたって、急に歌い出したっていいと伝えています。人生の限られた時間を意識しつつ、その間でできるだけ多くの経験や喜びを楽しむことを促しているのでしょう。
また"心の電源を落として生きる"という表現は、感情を押し込めて無感情な状態で生きることを意味しており、それが楽な反面、何かが欠けているように感じると主人公は思っているようです。
自分の気持ちを大切にし、自分らしく生きることの意義を伝えており、生きていく上で幸福や喜びを見つけることの重要性を強調しているようでもあります。
人生いろいろあるけれど

誰かに人生を売り渡すつもりは
毛頭ないさ ちゃんと生きていこう
まるで洗脳社会
覚める暇もないな
気付きゃ先頭でダイブ
すぐに通常の運転になる
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
主人公は自分の人生を他人に委ねたり、他人の期待や意見に従って生きるつもりはないと考えているのでしょう。
この社会、まるで洗脳されているような、社会が個人を操作したり押し込むような側面があったりするが、そんなことをあれこれ考えていないで、自分のペースで前に進んでいこうよ、と伝えているのかもしれません。
人生山あり谷あり

もう狂っちまうよ今日という諸行無常は
差し出されたその手の行方は、誰も知らない。
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
フレーズに出てくる”諸行無常”は仏教の教義であり、すべての存在や現象が常に変化し、一瞬一瞬が過ぎ去る無常の概念を指しています。
ここではこの無常の現実に対して戸惑いを感じている様子を描写しているのでしょう。
差し出されたその手の行方は"というフレーズは、未来への選択や行動がどのような結果をもたらすかを誰も予測できないということを伝えており、人生はうまくいく時もあればそうでない時もある、と思っている様子がうかがえます。
幸せを見つけよう

さあ幸せを探したいんだ
誰かの言葉じゃ少しも傷付かないくらいに
さあ何気ない場所だって大切になってるんだ
どうだい? オーライ!
今日にときめいて
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
このフレーズは、ほかの人の評価や意見に左右されず、自分の内面からの強さや自信を持つことが大切であることを伝えているようです。
また"何気ない場所"というのは、特別なことや場所だけでなく、日常の中にも喜びや幸せが存在することを示しているのでしょう。
いろいろなところに幸せが溢れているのだから、今日一日を楽しみ、前向きな気持ちで歩んでいこうよと伝えているのかもしれません。
また始めよう

さあこの世の地獄で
笑いあっていたいんだ君と
気の向くままに
さあ全てが壊れて
そこから始めよう
オーライ!今日を楽しんで
寄り道したっていい
急に歌い出したっていい
全て終わる日まで
ハピネス オブ ザ デッド -シユイ
このフレーズに出てくる”この世の地獄”とは人生の中の様々な困難や試練を指しているのでしょう。うまくいかない人生かもしれないけれど、その中でも大切な人と一緒に笑い、楽しみたいと考えているようです。
また"全てが壊れて"という表現は、すべてが破綻したような状況を指しており、そこから再出発する意志を示しているのではないでしょうか。
人生には予定外や予想外のことが絶えず起こるけれどそのことを楽しんで、自分の思いを大切にしつつ楽しんで歩んでいこうよ、と伝えたいのかもしれません。
まとめ
今回はシユイの「ハピネス オブ ザ デッド」の歌詞の意味を徹底解釈しました。
「ハピネス オブ ザ デッド」は、単調な毎日に対してこれでいいのか、と疑問を投げかけており、せっかくの1日を楽しむことを綴っているようです。
また人生は長いようで短く、そして悲しいこともうれしいことも繰り返しやってくるのだから、どうせならば毎日を楽しく過ごした方がよい、と伝えているのかもしれません。
今日一日を楽しむこと、自分自身を大切にすること、目の前の幸せを探すことなどの言葉が多く綴られていると感じました。
歌詞を聞いて、深く共感する人も多いのではないでしょうか。
これからもmusic.branchwithではシユイを追って行くのでぜひチェックしてみてください!