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【Ado / 阿修羅ちゃん】の歌詞の意味を徹底解釈 |痛快で爽快なメロディーに秘められた歌詞を徹底解釈!

執筆・監修: 今井桜愛編集: 天野結衣最終更新: 2023/3/4

目次
ドクターX~外科医・大門未知子~(第7シリーズ)ってどんなドラマ?
阿修羅ちゃんという曲名の意味を考察
阿修羅ちゃんという歌詞の意味を徹底解釈
1番
裏切りの奏鳴曲
脆くも美しい、阿修羅の微笑み
逃げるが勝ち!
ちょっとわかってる?
2番
本当のところはどうなんだろう
華麗なる偽善者
理不尽な人たちを捕まえる!
勝手に言っていれば?
言いたいことを言うなら最後まで責任を
まとめ

ドクターX~外科医・大門未知子~(第7シリーズ)ってどんなドラマ?

「ドクターX~外科医・大門未知子~」は、自由奔放なフリーランス外科医・大門未知子が、医療界の権力や体制に立ち向かい、命を救うために戦う姿を描いた医療ドラマです。「私、失敗しないので」「いたしません」のフレーズで人気を博したドクターXはドラマ誕生から10年目となり、今回の第7シリーズでは、100年に1度のパンデミックで医療崩壊が起こる中、日本最高峰の大学病院「東帝大学病院」を舞台に新たな敵と戦う未知子の姿が描かれます。大門未知子の前に立ちはだかる敵とはいったい…?そして最後の結末とは?見た後はすっきりとした気持ちになれるドラマです。

阿修羅ちゃんという曲名の意味を考察

曲名「阿修羅ちゃん」は、楽曲の中にも出ってくることから主人公が「阿修羅」であることからきているようです。阿修羅は仏教の信仰である鬼神のことであり、歌詞の中でも、"逃げる仏のまま""仰せのまま"といった仏教的な表現が見られます。歌詞全体は批判的な視点が強いのですが、曲名に「ちゃん」を組み合わせることで、可愛らしさが際立ち、歌詞の内容との対比を生んでいると感じます。

「阿修羅ちゃん」はボカロPのNeruさんが作詞作曲をした楽曲です。Neruさんらしい曲調であり、独特な歌詞がAdoさんの声とマッチし、より一層疾走感がある曲になっていますよ!MVのアニメはとてもかわいらしいのに、歌詞は意外と過激。そのギャップが病みつきになる「阿修羅ちゃん」を徹底解釈していきましょう!

結衣

阿修羅ちゃんという歌詞の意味を徹底解釈

1番

裏切りの奏鳴曲

ねえ、あんたわかっちゃいない
誰それがお手元の世界に夢中 化け物の飼い方を学んでる
選ばれる為なら舌を売る 裏切られた分だけ墓を掘る

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズに出てくる"お手元"は、その世界に夢中になっていると書かれていることからスマホなどの機器を指しているようです。「あんた」と呼ばれる相手は、現実から目を背けてスマホという世界に没頭することで、現実から逃れようとしているのでしょう。

選ばれたいという欲求のために、適当なことや旨味のあることを言って自分の信念を売り、裏切られることがあった場合にはその代償として自分で自分の墓を掘ることになる、ということを主人公は「あんた」に言いたいのかもしれません。

脆くも美しい、阿修羅の微笑み

へらへらのおつむがどうにかして うすら寒い言葉ばかりになる
覚えない顔とバイバイできるなら 阿修羅にだってなれるわ

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズでは自分自身の思考がうまくまとまらず、つかえてしまうということを表現しており、物事に対して考えがまとまらず、口からは消極的な言葉が連続して出てくる状態に主人公はいるようです。

"うすら寒い言葉"とあるので、その消極的な言葉は適当発言なのでしょう。現状をどうにかしようとして言葉を発しているのではないことが伝わってきます。

このフレーズでは曲名の「阿修羅」が出てきており、阿修羅は戦闘を好む鬼神

スマホの中の顔も知らない人とサッと縁を切れるなら、なんだってなれる、と伝えたいようです。

逃げるが勝ち!

逃げるえすけいぷえすけいぷえすけいぷ 仏のまま
飛べるすてっぷすてっぷすてっぷ 仰せのまま
アンダスタン アンダスタン どーどー閻魔様さえ喰らって

阿修羅ちゃん -Ado

サビの部分ではユニークな言葉が並びます。

エスケイプやステップという英語をあえてひらがなで示しており、より一層ユニークさが増していますよね。

"仏のまま"と歌詞に出てくることから、何も考えず様々な問題からとりあえず逃げ、さらに目の前にある難題を軽やかに処理をする様子がうかがえます。ただしそれは自分の意思ではなく、誰かに言われた通りに行っているようであり、そこまで言うなら言われた通りにやりますよ、という少し投げやりな感じも見受けられます。

「閻魔様」という不死身の存在ですら主人公を止められないという、意気込みが込められているのかもしれません。

ちょっとわかってる?

騙るすにーくすにーくすにーく 嵐の中
跳ねるすきっぷすきっぷすきっぷ あっそ、へのかっぱ
アンダスタン アンダスタン いっそ骨の髄までしゃぶって
ねえ、あんたわかっちゃいない

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズの冒頭では”騙る"という言葉が出てきます。

「かたる」という言葉を「語る」ではなく”騙る”と表現し、さらに次には"すにーく(sneak)とあることから、こそこそとわからないうちに近づき、だます人が大勢いることがわかります。

でも主人公はそんなことはすでに知っていて、その人たちの話にはのらない、軽やかに逃げようと思っているようです。何もしないで流されるような態度をしているところが主人公の強さが感じられる部分でもありますね。

私のすべてを持っていけばいい、という覚悟も見え、嘘や偽り、地位や名誉にとらわれている人たちにちょっとわかってる?理解してるの?大切なことが何かを本当にわかっていないよね!と怒っている様子も見えてきます。

2番

本当のところはどうなんだろう

日々の滲みを木々に焼べて暖をとり合う
義理を誣いた彼の四肢は散り散りになる
知りもせずに意味を美意識だと崇める
擬似餌じみた恣意に御の字だった

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズは読めば読むほど人として痛いところをついているようです。

MVではブラウン管のテレビに「論破」や「ダサ」、「ツマンネ」や「笑」という言葉が並び、その後「私がそうだからみんなそう。」「晒」「嫌いだから悪」という文字が現れます。

これらの言葉は今やよく聞く言葉になっており、誤解によって無実の人が傷つき苦しみ、その人の体や心がバラバラになってしまうこともあります。

いろいろなことを理解せずに周りの意見に流され、そしてその意見を真実だと思い、美化し正当化していく。

歌詞では人々が求めるものが偽りであり、本質的なものではなく、ただの「擬似餌」であることを伝えたいのではないでしょうか。オイシイ餌に群がるのは「当然のこと」だけど、それってどうなの?と言いたいのかもしれません。

華麗なる偽善者

愉快な御託のフルコースに うわべの面をして可愛がった
くだんない僧と踊るくらいなら 悪魔と手繋ぐわ

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズは前のフレーズを受けて語られています。

ここで出てくる"くだんない僧"はもっともらしい御託を並べて、自分を正当化する人を指しているようであり、主人公はそんな相手をうわべだけで付き合っている様子です。

そんな人間の顔をした悪魔と踊るくらいなら、本物の悪魔と手をつないだ方がマシ!と思っているようであり、本物の悪魔の方がよほど筋が通っていると感じているようです。

歌詞からは、表面的な愉快さや可愛らしさに騙されず真実や本物を見抜き、それを大切にすることを訴えかけているようにも思いました。

理不尽な人たちを捕まえる!

逃げるえすけいぷえすけいぷえすけいぷ 仏のまま
飛べるすてっぷすてっぷすてっぷ 仰せのまま
アンダスタン アンダスタン 阿鼻地獄の果てまでロックオン

阿修羅ちゃん -Ado

最初の2行は、前に出てきたフレーズと同じです。自分自身を失わずに闘い続けるという決心が見え隠れし、目指すべき目標を見据え、自分自身を信じて飛び立つという意味が込められているように感じます。

「阿鼻地獄」とは仏教言葉であり、八大地獄のうち最も苦しい地獄と言われています。そんな苦しい地獄の果てまで追いかけると宣言しており、どんな困難な状況でも自分の目的を粘り強く追い求める姿勢を指しているのでしょう。勇気や信念を持ち、理不尽な人たちに立ち向かう精神力を表現しているようにも感じます。

勝手に言っていれば?

騙るすにーくすにーくすにーく 嵐の中
跳ねるすきっぷすきっぷすきっぷ あっそ、へのかっぱ
アンダスタン アンダスタン あんた寝言はあの世で言って

阿修羅ちゃん -Ado

このフレーズもまた最初の2行は同じであり、上っ面だけの人たちなんて眼中にない、と言っているようです。

さらになんだかんだと言う相手に対して、好き勝手に言いたければあの世で言えば?と皮肉を込めて言っています。相手はなんとか主人公を言い負かしたいのかもしれませんが、主人公にとってみれば些細なこと。なんとも思っていないようであり、主人公の強さがここでも現れています。

言いたいことを言うなら最後まで責任を

逃げるえすけいぷえすけいぷえすけいぷ 仏のまま
飛べるすてっぷすてっぷすてっぷ 仰せのまま
アンダスタン アンダスタン どーどー閻魔様さえ喰らって
騙るすにーくすにーくすにーく 嵐の中
跳ねるすきっぷすきっぷすきっぷ あっそ、へのかっぱ
アンダスタン アンダスタン いっそ骨の髄までしゃぶって
ねえ、ギャーギャー言っちゃって 頭を垂れないで

阿修羅ちゃん -Ado

最後のフレーズでも、同じ歌詞が再び出てきます。

ただ最後の言葉からは、ギャーギャー言うならば謝ることをせず、最後まで言えばいいじゃん、と伝えているようです。

ギャーギャー言う人たちは、自分というものがなく、意見も一貫性がない。でも私はどんな言葉にだって惑わされない、という強さがにじみ出ている部分でもあります。

調べればすぐに答えが出る世の中に対して、問題を投げかけているのかもしれませんね。

まとめ

今回はAdoの「阿修羅ちゃん」の歌詞の意味を徹底解釈しました。

「阿修羅ちゃん」はかわいい曲名ではあるのですが、歌詞の中身は今の世の中を反映しているようであり、それでいいのか?と投げかけていると感じます。SMSを駆使した現代、間違った情報がいつの間にか本物となり、それがどんどん広まってしまうことも多いです。そしてその情報によって傷つく人も多いですし、逆に励まされる人もいます。「阿修羅ちゃん」ではいろいろ意見を言ってくる人に対して、どれが本当でどれが間違っているのかを冷静に判断すること、そして真正面で突き進むというよりも適当にあしらって軽く乗り越えていけ、と伝えたいようです。

歌詞を聞いて、深く共感する人も多いのではないでしょうか。

これからもmusic.branchwithではAdoを追って行くのでぜひチェックしてみてください!

この記事の監修者

今井桜愛

今井桜愛イマイ サクラ

Imai Sakura

歌詞考察家

こんにちは、私の名前は今井桜愛です。18歳で、歌詞考察家として活動しています。音楽に対する深い情熱を持ち、特にポップとロックジャンルの歌詞に焦点を当てています。高校在学中にブログを始め、多くのファンと共感を得ることができました。歌詞の背後にある物語や感情を読み解くことで、リスナーが曲とより深く繋がる手助けをしています

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